OBAKE HUNTER BLUES #1  『蒼界姫航』 -Orpheus Complex-

​一、アルハ羊己という男(下

​ ただ、事ここに至っては僕にも分かる。いくら我泉船長に愚鈍だ、愚鈍だとばかにされ続けた僕でも、さすがにこの女性の正体が分かり始める。それゆえに、この女性についていく足を止めたりはしない。
「アルハ羊己。お前はアルハ一門の一員として、その巨大な機構を成す歯車の一つとして、与えられた翼船を私利私欲のためでなく、このアルハ一門の、ひいては日本という一つの国への奉仕貢献にのみ運用すると誓えるわけやな?」
「もちろんです」
「アルハ羊己は、この国の未来と、担当する祓穢たちの命を賭けるに値する人間と思って良いわけやな?」
「もちろんです」
「アルハ羊己、お前は――」
 僕には、彼女が次に何を問いたいのか。本当に問うておかなければならないことが何なのかがはっきりと分かっていた。
「お前は、『サンズストリーム内におけるハヤアキツヒメ消滅事件』の唯一の生き残りであるお前、アルハ羊己は、その事故における辛苦を乗り越え、一切の邪念なく残りの人生を翼船乗りとしての生き方に捧げると誓えるんやな」
「もちろんです」
「じゃあここで言うんや。ハヤアキツヒメの消滅は悲しい事故であり、もうこの世にハヤアキツヒメという翼船はなく、船長アルハ我泉は死亡したと」
「我泉さんは、ハヤアキツヒメとともに死にました。少なくとも、我々の常識ではその消滅をとして捉えることが妥当です。それは覆らない事実です。残された僕にできるのは、その『死』を乗り越え、受け継いだ技術を日本守護という尊命に捧げることのみです。」
「……ええやろ」
とうとう僕らは、磐奇楼の入口へと辿り着いた。辞令が下されるはずの執務室ではなく。しかし、ここでいいのだ。もう、辞令は終わったのだから。 ある意味、僕は一秒たりとも遅刻はしていなかったのだ。
「アルハ羊己。アルハ一門『停者』所属、アルハ出威の名において、貴様を今から翼船『スセリヒメ』の船長に任命する」
そういうと、僕に向き合ったアルハ出威(いずるい)なる女性は、手にしたアタッシュケースを開けた。そこから取り出したのは、淡く蒼色に発光する長い布だった。彼女はすこしかがむと、それをマフラーのように僕の首に巻いてくれる。
「神器『漫陀比礼(まんだのひれ)』を授ける。これであんたは、翼船『スセリヒメ』を動かすことが出来る。」
「謹んで、拝命いたします」
 出威と名乗った女性は、ここで初めて柔らかく笑った。
「あんたに運んでもらう『祓穢』はうちの直属の二名や。ほんで、あんたも今からうちの直下の一人や。何かあったら、うちが守ったる。だから、二人の命は預けるたで、仲良くしや」
その笑顔から、その『祓穢』の二人と出威さんの絆を感じた。そして、僕への信頼も。
「もちろんです。お任せください。過去の悲しい事故を振り返らず、未来に生きることを、ここに誓います」
 ぼくの応えに満足したのか、出威さんは丸眼鏡の奥でにっこりと笑いかけてくれた。
出威さんに見送られ、僕は磐城楼を辞する。
首に巻かれた神器を撫でると、自分の翼船をついに手に入れたのだ、という実感が今更のように湧いてくる。
 
 そして、ぼくは振り返る。
そこには、遠く離れても磐奇楼の威容が確認できる。それは、オバケ退治という国防の主軸を担うアルハ一門という組織を象徴するように揺らぎなく、天を衝いて佇んでいる。
 
 この国を守るために自分の全てを捧げる。 もちろん、その誓いの言葉は、丸きりの嘘だった。
 
 消滅したハヤアキツヒメと我泉船長を見つけ出すこと。 それこそが僕の行動原理の全てだ。
 あの事故があった日から今日までずっと、僕の努力と研鑽の日々はその目的のためだけに存在していた。
 無論、明日も、明後日も、その先も、それは変わらず僕の第一義的な存在理由としてあり続けるだろう。そして、今日。自分の翼船を手に入れたことは、その目的を達成するための端緒になるはずだ。
 
 目を閉じ、『漫陀比礼』を起動させると僕の身体は蒼い燐光に包まれる。そして数秒後には、アルハ羊己という人間がそこにいたというなんの痕跡も残さず、その場から消失した。

つづく

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