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OBAKE HUNTER BLUES #1  『蒼界姫航』 -Orpheus Complex-

​一、アルハ羊己という男(中)

「おんやあ、こんな所で迷子かいな? ボク、どこ行きよるん?」
 
 振り返ると、そこに居たのは丸眼鏡をかけた全身痩躯、奇妙な訛りで話す妙齢の女性だった。ブラックスーツに身を包み、手にはアタッシュケースのようなものを持っている。ここの職員だとすれば、この人も『停者』の一人だろう。
「ここはボクみたいな子供が迷い込んだらアカン所やで。お姉さんと一緒に外出よか」
「いえ、僕は呼び出されていまして。十時に執務室に……」
「十時ねえ。じゃあもう遅刻やん。今がちょうど十時やからね」
「ええ、おっしゃる通りの迷子でして……。もしよろしければ、執務室の場所を伺ってもよろしいでしょうか」
「そういうことならかまへんよ。ついて来ぃ」
 その女性はそう言うと、回れ右をして歩き始めた。来た道をそのまま戻ることになる。どうやら僕はまるきり見当違いの方向へ来ていたようだ。
「しっかしボク、ちっこいなあ。そんなナリでチョロチョロ歩き回られとったら、誰にも見とがめられんとこない奥まで入ってこられてまうやんなあ」
「あの、すみません。その『ボク』っていうのはやめていただけませんか。僕はこれでも十二歳で、アルハ羊己(ようき)という名前だってあるんです」
  僕は、失礼を承知で訂正した。確かに同年代では身長も小さいほうだし、顔だって幼く見えるというのは自覚している。しかし、この歳で翼船乗りとして独り立ちできる自分の才覚をむしろ誇りに思っているし、オバケ狩りの組織の一員として、それなりに扱われるべきだと考えている。まあ、正式には一人前だという証明になる辞令を、まだ受け取ってはいないのだけれど。その辞令の受け取りに来て、遅刻しているのだけれど……。
「そうかぁそれは悪いことしたなぁ。堪忍やで。まあ、ガッツがあるのはええことや!」
「……」
「せやけど、その歳でここに呼ばれるなんてスゴイやん。その制服は翼船乗りやんなあ?」
「ありがとうございます。自分でも光栄に思います。これも全て、ハヤアキツヒメでの経験、船長である我泉さんのご指導のお影です」
「ハヤアキツヒメ、我泉なぁ。……」
 僕の発言に『停者』の女性は沈黙する。僕もそれに倣い、黙する。あの翼船で起こった出来事を考慮すれば、この沈黙は無理からぬことだ。 しばらく、廊下を進む二人分の足元だけが響き渡る。
「あの、すみません」
「何や」
「あなたはここの職員で……、その……、『停者』の方とお見受けしますが、階級とお名前を伺ってもよろしいでしょうか」
「翼船乗りは今や貴重やでなあ」
僕の問いに、女性は答えずに話し始めた。
「誰にでもできる仕事とちゃうし、危険な仕事でもある。それでいて、我々アルハ一門のオバケ討伐事業の屋台骨でもある。翼船とその乗り手がおらんかったら、この日本全域で突然発生するオバケ事案に対して迅速に『祓穢』を送り出すこともできんくなる。」
「そう、ですね」
「その翼船を任されるちゅうことは、その翼船に乗り込む『祓穢』だけやなく日本全体の国民の命を預かるちゅうことでもある。そこんところはもちろん承知やんな?」
「当然です」
「『スセリヒメ』を自分の翼船として希望したんは、どうしてや」
 突然水を向けられ、僕は密かに冷たい汗がにじむのを感じる。
 スセリヒメ。たしかに僕が持ち翼船として第一に希望した艦名である。 なぜ、この女性がそれを知っているのだろう。
「『スセリヒメ』は何年も前から凍結されとる。このオバケ討伐事業には汎用性の面で適正を欠くと判断されたからや。そんな翼船を指定するのも不可解やし、そもそもその存在を知っとるということ自体おかしいんやで」
 歩みを進める女性の表情は、その後をついていく僕からはうかがい知れないが、その口調からは真剣さを感じる。僕はその問いに毅然として応える。
「知っているのがおかしいということはないでしょう。アルハ一門が所有する翼船に関しては公開情報で、民間人でさえアクセス可能なものです。もちろん、調べようと思わなければ知ることのないことではありますが。僕は、全ての翼船を吟味し自分に適合すると思われる最適解を出しただけのことです。それが、スセリヒメだっただけのことです」
「全ての翼船を吟味したやと?」
「そうです」
「じゃあ聞くけど、そうやな……『クシナダヒメ』のスペックは?」
 僕は記憶をたどり、必死に丸暗記した全翼船の情報から尋ねられた情報を引き出す。
「シャガラ級の重翼船で、対応する玉装は『等与麻奴良比礼(とよまぬらのひれ)。』主機はアカツキ式夢航炉4基4軸。最大時航速力は二千四百カイロス毎ピコセカンド。現在は雑魚祓穢であるアルハ那由多の持ち艦であり、船長アルハ零私のほか五人の乗組員が常時待機。サンズストリーム内での自艦制御に突出しているのが特徴で、客観像干渉機能搭載でステルス航行が可能です。その他の特殊兵装は公開されていません。」
「ほう……。」
 僕の回答に、彼女はニヒルな笑みで振り返った。その回答に満足したようにも見えるし、それを知っているから何だともとれるようにもとれる。彼女は、再び前を向いて僕に問い続ける。
「じゃあ『スセリヒメ』の特徴は何なん?」
「ごく普通の、どこにでもあるウハツラ級極小翼船ですよ。乗組員も、船長ひとりで事足ります」
「……」
 女性はまた黙り込んでしまった。
 執務室に案内してくれるという女性の歩みは、しかしながらどう考えても僕の今までの歩みをなぞっているとしか思えず、したがって導かれる結論としては「この女性にこのままついていったら入口まで戻される」ということだった。
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